母方の祖父が死んだ話を書いたのがこの間だというのに、次は父方の祖母が死んだ。
今年は周りの方々にも身内の不幸が多い。こんなにバタバタと人が亡くなる年もめずらしい。
10月7日の0時過ぎ、日付が変わってすぐ。僕は翌日の仕事に備えて、布団の上でうつらうつらしていた。そこへ父から電話があり、長らく介護施設で暮らしていた祖母が、ほんの数分前に亡くなったということであった。
大江に暮らしている叔父、つまり父の弟を僕の車に乗せ、江津湖畔の施設に向かった。父・叔父・僕の3人が彼女の部屋に駆けつけた時、彼女は名前のとおり静かに、だが肌のぬくもりは少しもない状態でそっと横たわっていた。
先の日記に書いた母方の家系には比較的多くの親戚がいるので、祖父を送り出す式はにぎやかだった。だが父方の家系に身内と呼べる者はほとんどいない。結局、通夜や葬儀といった形式的なものはせず、父・叔父・その奥さん・僕の4人が火葬場で少しの祈りを捧げ、荼毘に付してすべては終わった。
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祖母は戦中・戦後の数奇な運命に翻弄され、孤独という星の下に生まれた人だった。
これは彼女が死んだあとの家財の整理中に父から聞いた話だが、内容が複雑すぎて忘れそうなので、ここにメモしておく。
彼女の母で僕の曾祖母にあたる「千代乃」は幼いころに養子に出され、黒瀬A子氏の娘として「黒瀬千代乃」になった。大人になった千代乃は、あるところから連れてこられた玉井S氏と結婚することになり、戦前の日本領である朝鮮咸鏡北道で祖母を産んだ。だが千代乃と玉井S氏は結局籍を入れず、父と母子は離れ離れになってしまった。黒瀬A子氏・千代乃・祖母・そして黒瀬A子氏の内縁の夫である沼崎T氏は、戦後の千葉へ引き揚げ、そこで一緒に暮らした。黒瀬A子氏が死に、そして沼崎T氏が死ぬ時、元憲兵である沼崎T氏は恩給を千代乃が受け取れるように、彼女を養子にした。身寄りの無くなった沼崎千代乃と祖母は、千代乃の妹を頼って熊本へやって来た。ここで祖母は祖父と知り合った――、とこういう話だったらしい。
千葉で共同生活を送った黒瀬A子氏・千代乃・沼崎T氏の三人は、おたがいに血の繋がりがまったくない。なんとも不思議な共同生活である。千代乃が死んだあと、祖母にはもはや祖父と二人の子ども、つまり僕の父とその弟しか身寄りがいなくなってしまった。まさに孤独という星の下に生まれた人生だったろう。
僕は一人っ子で、父と母は僕が8歳のときに離婚したから、小さなころは一人でいることがほとんどだった。大人になってからも一人暮らしが常だったので、孤独には慣れているつもりだ。というか孤独が好きだ。寂しいと感じたことは人生で一度もない。
こういう風に言うと「そう思えるのは若い時だけで、年を取ってなお一人でいると、とてつもない寂しさに襲われるはずだよ」と聞くこともある。僕がとてもそうは思えないのは、祖母の血が流れているからだ。彼女の境遇に比べれば僕などなんら孤独ではないのだが、将来ずっとこんな感じでも僕はいっこうに構わないと思っている。
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祖母との思い出についても少し書いておきたい。
これは「思い出がないことが思い出」というか、父方の祖父・祖母との思い出はなにもないのが正直なところである。
小学4年生の春、祖父・祖母と僕たち家族3人は、平成9年の時点でいったい築何年なんやというボロ貸家に5人で住んでいた。六畳間が2つと四畳半の間が1つ、昭和の汚いタイル張りの風呂とボットン便所がついた、とても衛生環境の良いとは言えない家屋である。祖父の経営する会社がうまくいっておらず、一銭もないのでそんな家に窮屈に暮らしていた。父・母・僕は小さな六畳間に川の字になって寝ていた。
4月なん日かの23時過ぎだったと思う。ガラスの割れる音と大人の怒号で目が覚めた。家族が家族を殴っている。包丁を持っている。罵り合っている。8歳の僕が感じたこの日の大喧嘩の震え上がるような怖さは、36歳の今も忘れることができない。
この日を境に僕たち3人は祖父・祖母の家を出た。ここから一気に家族はおかしな方向へ向かった。再び祖父と祖母に会うのは、17歳のときに祖父が亡くなる寸前だったから、彼らとの思い出がないというのはそういうことである。皮肉な話だが唯一の思い出といえばあの大喧嘩だけだ。
祖父については今になっても悪い話しか聞かないのだが、祖母はあまり主張のない物静かな人で、良くも悪くも僕にとっては害のない人だった。ただ上に書いたように、孤独を生きるという貴重な力を彼女から受け取ったのは間違いないので、そこはありがたいと思っている。平成17年に祖父が死んでから二十年弱、一人で暮らしながらケロッとしているような人だったのだ。
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晩年は足を切断して、踏んだり蹴ったり(足がないのにね)だったけれど、少しはゆっくり逝けただろうか。
コロナウイルスのゴタゴタで4年も会いに行けなくて、ごめんね。
靜子ばあちゃんよ、静かに眠れ。