東京での時間が夢だったかのように、まるでなにもなかったかのように、新たに踏み出した生活の日々はあまりにも淡々と過ぎてゆく。僕は本当に東京にいたのだろうか。晩白柚東京譚と名付けられた110記事にも及ぶこの日記は、実は晩白柚という男が作り上げた創作物語ではなかったか。ここ熊本の地を歩きながら時々そんなことを思う。
しかし後ろを振り向くと、僕と出会い、生活をともにしてくれた人々が大勢立っていて、僕に手を振っているのが見える。僕を送り出してくれているのが見える。せっせと足を運んだ上石神井のカレー屋の大将Sさん。優しかった新宿ゴールデン街のバーすずのママ。僕を叱咤激励してくれた上司の方々。ともに仕事と戦い、ともに浴びるように酒を飲んだK先輩と後輩H。常に遊び相手だった檸檬。彼らとの出会いはたしかにそこにあって、今の僕の血肉を構成している。最早、4年前に東京へやってきた頃の晩白柚はここにおらず、新たな瑞々しさを得た晩白柚がいるのである。
「譚」は物語という意味で、永井荷風の濹東綺譚にヒントを得て拝借した。4年前、この日記に「晩白柚東京譚」と名前を付けた時、これからどんな物語が紡がれていくのだろうと胸が騒いだのを覚えている。そして今、この物語の終局に大きな充足感を感じている。晩白柚東京譚は終わりを迎えるが、晩白柚の物語はこれで終わりではない。次の物語、そしてその次の物語を、いつまでも見守っていただけたら幸いである。