昨日の日記を読み返すと、思いのほか面白くなくてうんざりする。パリの時もそうだったが、僕は旅行中、時間を見つけては自分の行動をメモしていた。帰国して1か月が経ち、記憶が薄れている今となっては、そのメモを頼りに日記を書くしかないのだが、メモに頼りすぎてただただ行動が書き連ねられた無機質な文章になってしまっている。新聞の首相動静のようだ。こんなものしか書けないのかと辟易するが、後の推敲で良くなることに期待して、日記を先に進める。
日付は9月18日になった。僕はロサンゼルス国際空港のベンチに腰掛け、荷物が盗まれるのが怖くて寝ることもできないまま、ひたすら朝を待った。この空港はフリーWi-Fiが整備されていたので、それにスマホを繋いでネットを見ながらぼーっとしていた。夜遅くまで離発着の多いこの空港も、深夜1、2時ともなれば人の姿もまばらになった。外の空気がロビーに入り込んできて寒い。途中、訳の分からない老婆が訳の分からないメモを見せてきて、訳の分からない事を言ってきたので「ノー、ノー」と言って振り払った。
スマホのミュージックプレイヤーでHummingbird in Forest of Spaceを聞いているとあっという間に時間が経ち、朝5時になった。トム・ブラッドレーターミナルを出、デルタ航空が離発着する5ターミナルへ向かった。歩きながら僕は思った。この時間のターミナルに人はほとんどいないし、道路にも人の姿をほぼ見ない。外国に来て空港のこんな姿を見ている自分は、ある意味で貴重な経験をしているのではないか。
さて、ついにアメリカ国内線に初挑戦する。昨日の日記に書いたとおり「受託手荷物を預ける」ことが僕にとってひとつのミッションだった。しかしチェックインカウンターには自動受付機が備え付けてあり、なんとこれが日本語表示される優れものだった。この機械にクレジットカードを通せば、受託手荷物の手続きから支払いまで一気に終えることができる。あとはカウンターで伝票を見せて荷物を預けるだけ。拍子抜けするほど簡単なチェックインだった。
6時50分、離陸。デルタ航空の機体は恐ろしくボロかった。昨年のタイ国際航空や今回の中国南方航空に比べると、明らかに見劣りしている。「大丈夫かデルタ航空‥」と思わず不安になった。離陸後は眠気がどっと出てきて、すぐに寝てしまった。1時間後、着陸の衝撃で起こされた。
ラスベガス空港、通称マッカラン空港は、建物内のあちこちにスロットマシーンが置かれていて「ラスベガスに来た!」と思わせてくれた。これから本場のカジノへ向かうというのに、わざわざ空港でスロットを回す必要もないなとその場を後にする。
空港のバス停で、ラスベガスの公共交通機関であるRTCというバスのチケットを6ドルで買い、やって来たバス#129に乗り込んだ。サウスストリップ・トランスファーターミナルでいったん降り、今度はSDXに乗換えてストリップ方面へ。外国で初めて公共交通機関を使う時はハラハラするものだが、今回はスムーズだった。
ストリップの南端にあるホテル「マンダレイ・ベイ」の前で降り、さあこれから色々散策するぞ、と意気込んで歩き始めたが、数分歩いて引き返した。ラスベガスのストリップというのは広大な荒野に巨大なホテルが並んでいて、とても歩いて観光できる場所ではない(ホテルの端から端まで歩くだけで数分を要する)と気づいてしまったのだ。しかも前日からロクに寝ていない。時間はまだ朝9時半だったが、まずは僕が泊まるホテル「ルクソール」の中へ入った。
ホテル・ルクソール
チェックインカウンターがまだ開いていなかったので、とりあえずホテルの中を散策する。1階にはホテルの入口からすぐ見えるところに大きなカジノが広がっている。暗い空間にマシンの明かりと人の渦。これぞエンターテイメント、これぞ人類の贅のすべて、といった感じだ。もちろんカジノに入るのは初めてだったので、すべてが新鮮だ。無数に並ぶスロット、ディーラーのいるテーブル、テーブルに群がる人、人、人‥これがカジノか。今日、自分もどこかのテーブルに飛び込み、彼らの仲間入りを果たすのだ。そう思ってわくわくした。
しかし、まず解消しなければならないのは空腹と眠気だった。僕は2階に上がり、フードコートを見て回った。「Johnny Rockets」と書かれたハンバーガー屋が目に止まり、そこで「ジョニーブレックファスト」といういかにもアメリカチックなメニューを注文した。メイプルシロップ付きのビスケット(日本ではケンタッキーフライドチキンで食べることができるアレ)、ハンバーグ、プレーン・スクランブルエッグ、ハッシュドポテト(大盛り)、コーヒーで約10ドル。野菜っ気がまったくない。健康に悪そうだ。すべて食べ終わると予想通り胸焼けを起こしてしまった。
ジョニーブレックファスト
10時半、チェックインカウンターが開いたのでチェックインする。大勢の人が並んでいる。僕を担当してくれたカウンターのおばさんはわりと聞き取りやすい発音で話し、親切に対応してくれた。カードキーを貰って自分の部屋へ。
部屋はツインベッドで広い。これで60ドルなので驚きである。とはいえ、ラスベガスのホテルというのは部屋の値段をおさえる代わりに、リゾート料金 Resort Feeを取るので、トータルではトントンかもしれない。僕もチェックインの時に追加で30ドル近く取られてしまった。ベッドに横になるといよいよ限界で、30分だけ寝ようと目覚ましをセット。しかし結局起きれず、目が覚めたのは15時だった。
この日は、昼の早いうちからカジノに挑戦し、夜は外を散策するつもりでいたので、15時まで寝たのは痛かった。急いで起きてシャワーを浴び、売店でペプシコーラを購入(4.75ドル。高すぎである)。カジノへ向けて臨戦態勢になった。
とりあえずスロットでもやってみるかと、テキトーな台を探し、10ドル紙幣を入れてみる。リールが回り、絵柄が揃わず、リールが回り、絵柄が揃わず‥。ものの数秒で10ドルが消えた。台を変えてまた10ドル入れてみる。すぐに10ドルが消える。くやしいので20ドル入れる。今度は小さな役が揃って、しかしまたコケて‥。この繰り返しですぐに終わってしまう。40ドルが数分で消えた時、僕は気づいた。スロットでは勝てない。なにより、機械相手の無機質なプレーでは楽しめない。そこで僕は、ついにルーレット台へ行ってみることにした。
まずは他の客がどのようにしてルーレットに興じているか観察してみる。IDカード(外国人観光客であればパスポート)をディーラーに見せ、問題なければ、ルーレット用のチップと交換したいドル紙幣をテーブルに置く。テーブルに置くというのが一つのルールのようで、ディーラーにドルを直接渡そうとすると、怒られてしまう。交換するチップは、1枚1ドルのものか、1枚5ドルのものかを選ぶことができるので、ドルを渡した時に「$1」などと宣言すると、そのチップをドルの分だけ交換してくれる。ディーラーがホイールに玉を投げ入れ「No more bet」と言うまでに、これだと思う色、番号にチップをベットする。玉がホイールのポケットに入ると、外れた人はチップを回収され、当たった人もディーラーが合図するまで自分のチップを回収できない、という風な具合である。なるほど、なるほど‥。
ある程度飲み込めたところで、1席空いていたテーブルにずいと座り、パスポートと20ドルを差し出した。チップ20枚と交換する。これが最初の手玉だ。僕はルーレットにひとつの作戦があった。ルーレットは0から36まで38個のポケットがあり、そのいずれに落ちるかを考えるわけだが、番号をピタリと当てるのは難しすぎる。1つの番号を当てにいくのではなく、ポケットの色、赤か黒かを当てにいくことにした。これなら理論上は1/2の確率で当たることになる。ほかにも奇数・偶数のいずれかを当てる、前半・後半のいずれかを当てる、という方法も確率は1/2だが、僕の中で単純明快なのが「赤か黒か」だったので、これでいくことにした。
まず10枚、手持ちの半分を赤にベット。すると‥当たった。この方法で当たると、チップは倍になって返ってくる。20枚が返され、手持ちは30枚になった。今度は一気に20枚をベットしてみる。しかし‥外れた。20枚が取られ、残り10枚。ミニマムベット(最低賭けなければならない額)は10ドル、つまりチップ10枚からなので、あと1回分しか手持ちがない。つい気持ちが焦り、最後の10枚をベット。そして‥見事に外れる。初めてのルーレット1席はあっさりと終わってしまった。しかし、その場の一員になって賭けに参加できたのが嬉しかった。
一度席を立ち、ほかのテーブルの様子もふらふらと見た後、違うテーブルでもう一度挑戦。今度は40ドルをチップに交換してもらう。まず黒に10枚ベットすると、隣の黒人の青年がなにやら「本当に黒か?」というようなことを言ってくる。僕は「うん、うん」とうなずいた。すると彼は赤に10枚ベット。どうなるか‥結果は黒。「やるじゃないか!」と肩を叩かれた。が、その調子も続かず、一進一退あったものの結局40ドル分のチップもすべてすってしまった。この日は100ドルのマイナスだった。
カジノで熱くなっている間に3時間が経ち、夜の19時。腹も減ったのでカジノを切り上げ、地下の「バフェ」に行った。バフェは「Buffet」つまりビュッフェである。ラスベガスはいわゆるビュッフェの発祥の地らしく、世界の歩き方でもラスベガスのビュッフェは「バフェ」という固有名詞で紹介されている。なにはともあれラスベガスに来たからには、一度はバフェで食事をするべきらしい。25ドルほど払って中へ。
アメリカン・イタリアン・日本食‥なんでも食べ放題である。16オンス(500mlないぐらい)のハイネケンも注文し、たらふく食べた。
バフェを出て、高級ホテル「ベラジオ」の噴水ショーを見に行こうかといったんホテルの外に出たが、あまりにも疲れていたので断念した。明日は朝からグランドキャニオンへ行く現地ツアーに参加することになっている。6時半には集合なので、今日はぐっすり寝て準備したい。そんな風に思って、22時には眠りに着いた。