朝7時、修道院の鐘で目が覚めた。
昨日、修道院でポストカードを買っていた。モンサンミッシェル内にある郵便局から手紙を出すと、島の形を模した独特の消印が押されると聞き、数名に送ることにしていたのである。日本人男性からもらった味噌汁を飲みながら、父、友人H、Aの3人に宛てた手紙を書いた。
9時に部屋を出、チェックアウトする。まだ部屋代の支払いが終わっていないと思っていた僕は、クレジットカードを差し出した。するとレセプションのお姉さんは、よくわからないフランス語と、「1ユーロ払って!」というようなことを繰り返している。部屋代が、部屋の予約の際に自動的に支払われているとしても、なぜ1ユーロ払わなければならないか、検討もつかない。彼女の言っている意味がわからずポカンとしていると、今度は奥から責任者らしきおばあさんが出てきて、日本語がわかるのか「イチユーロ!」と語気を強めて言ってくる。全く状況がつかめないが、とりあえず1ユーロ硬貨を渡すと、おばあさんは最初からそうすればいいのよといった具合で「merci」と言った。なんとなく嫌な気持ちになりながら、僕はホテルを出た。
その足で郵便局へ入った。受付のおばさんは非常に親切だった。日本へ手紙を出したい、どこに切手を貼ればよいか、どこに投函すればよいか‥何でも笑顔で対応してくれた。
シャトルバスに乗って対岸まで戻り、レンヌ駅行きのバスが来るまでインフォメーションセンターで時間を潰した。モンサンミッシェルでは、昨日一日だけで90ユーロ近く使ってしまって、いよいよ残金に不安を覚えたので、センター内にあるATMでお金を下ろした。外国では、外貨を買える店がどこにでもあるわけではないが、ATMさえあればどこででもクレジットカードを使って金を下ろすことができる。キャッシングは海外旅行における重要なテクニックだと感じた。
11時5分、レンヌ駅行きバスに乗車。往路よりも乗客が多い。ガラガラだった往路の座席は、今回は満員に近かった。12時15分にレンヌ駅に降り、TGVに乗り換える。構内の「valentin」というパン屋でサンドイッチとエビアンを買った(5ユーロ)。サンドイッチはバゲットの中にハム・チーズ・レタスが挟んであって、美味かった。復路のTGVは2等車になる。日本の新幹線と同じような2列シートで、途中の駅で隣の席に若い男が乗ってきた。15時ごろ、モンパルナス駅に着いた。
再びパリに戻ってきた。観光する時間はまだまだたっぷりとあったので、夕方はモンマルトル近辺に、夜はオルセー美術館に行くことにした。メトロでモンパルナス・ビアンヴニュ駅からブランシュ駅へ。モンマルトル付近にムーラン・ルージュがある。ショーを見ないにしろ、外観だけでも拝んでおきたかった僕は、ムーラン・ルージュの最寄駅であるブランシュ駅に降り立ったのである。
ブランシュ駅から、歩いてピガール駅方面へ向かう。この2つの駅の間は、パリ最大の風俗街になっていて、ひたすら怪しい店が連なっており、僕が日本人だとわかるや否や何度も引き止められてかなり怖かった。ただ、途中、客引きのおっさんが卑猥な日本語を連呼してきて、僕は笑いが止まらなかった。
ピガール駅を通過して、更に東へ歩くと、アンヴェール駅が見えてくる。ここから北へ行くと坂が続き、モンマルトルの丘の上に立つサクレ・クール寺院がある。「地球の歩き方」曰く、寺院へ続く階段に、無理矢理ミサンガを巻きつけて高額な値段を請求してくる詐欺がいるとのことで、案の定、彼らはいた。手にミサンガを持ち、カモを見つけては寄ってくる。僕は手をポケットに突っ込んで、早足で逃げた。
サクレ・クール寺院を後にし、アンヴェール駅からメトロに乗ってヴァグラム駅へ。この日から新たなホテルにお世話になる。ヴィリエ大通りにある二つ星のホテルである。このホテルのレセプションのおじさんはかなり人が良かった。チェックインを進める中、「既に料金は払ってもらっているが、他に0.99ユーロ支払ってもらわないといけないんだ」と言われ、デジャヴュのような感覚に陥った。今朝も同じことを言われたばかりではないか。この1ユーロは一体何のために払わねばならないのか。するとおじさんは続けて「これはシティ・タックスなんだ。払ってもらっても、私の懐には全く入ってこない。市が潤うだけなんだよね」と冗談を言った。つまりこの1ユーロは宿泊税だったのだ。ようやく謎が解けて、思わず僕は笑ってしまった。
部屋に荷物を起き、もう一度携帯の充電にチャレンジしてみることにした。今度はタコ足を噛まさず、変圧器に直接充電器を繋いでコンセントに挿した。すると、今度は問題なく通電し、危うく電池が切れかけていた携帯が復活して僕はほっとした。
この日、木曜日はオルセー美術館が21時まで開館していて、夕飯を食べるがてら行ってみた。メトロに乗ってヴァグラム駅からソルフェリノ駅へ。オルセー美術館には、18時前になってもなお入場券を買う人で長蛇の列ができていた。早速僕はミュージアムパスを係員に見せ、列をショートカットした。館内の展示物は、近代の作品が主のようだった。ゴッホ、モネ、ピサロなどの作品があり、個人的にモネの作品は好きなので見応えがあったが、他はあまり印象に残っていない。2時間ほど鑑賞して出た。
昨日、モンサンミッシェルで典型的なフランス料理を食べたこともあって、いよいよ日本食が恋しくなって来、パリのラーメンを食べてみたい、という衝動に駆られてしまった。オルセーからさほど遠くない場所に、パリで最初にオープンしたというラーメン屋「ひぐま」があることを知り、この日の夕食はラーメンに決定した。他の日本食の店が、「いかにも」という感じの、パリにありそうなお洒落な外観のものであるのに対し、この「ひぐま」は、日本の店舗をそのままパリに移してきたような、良くも悪くも”汚い感じの”日本らしい店だった。注文したのはチャーシュー麺8.5ユーロ、餃子6ユーロ、ハイネケン4ユーロ。日本に比べて全体的に値段は高めだが、中でも餃子一皿6ユーロには驚いてしまった。味は至ってフツウ、しかし何か数年振りに食べたような気がして、とても美味かった。帰りにレジのおばちゃん(日本人)に「日本の味が恋しくなって来てしまいました」と言うと、「美味しかったでしょ!」と笑っていた。
メトロで21時半にホテルへ戻ってきた。割高だとわかっていても、冷蔵庫の中に入っているハイネケンの瓶を開けてしまった。ほろ酔いの中、23時ごろには眠りに落ちた。
フランス国内に滞在して4日が経過したが、かなり長い間フランスにいるような感覚だった。しかし、翌々日には帰路の飛行機に乗っている。丸一日パリを楽しむのは、明日が最後である。